秋吉久美子さんと言えば、旅の重さで若い頃に鮮烈なデビューを果たして以来、そのユニークな性格、発言などが常に注目されてきた女優さんですが、麻原彰晃やとんぼのことが現在でも話題になります。

その秋吉久美子さんの結婚、旦那、子供など家族について、年齢や高校、経歴などwikiプロフィールと共に調べてみました。

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秋吉久美子さんのプロフィール

名前:秋吉久美子(あきよし くみこ)
本名:小野寺久美子(おのでら くみこ)
出生地:静岡県富士宮市
出身地:徳島県→福島県いわき市
生年月日:1954年7月29日
年齢:64歳(執筆時)
身長:162cm
血液型:O型
学歴:福島県立磐城女子高等学校卒業、早稲田大学大学院公共経営研究科専門職学位課程公共経営学専攻修了
学位:公共経営修士(専門職)
職業:女優
所属事務所:ミズキ事務所

秋吉久美子さんの若い頃~今現在

秋吉久美子さんは1954年静岡県富士宮市生まれ。父親は水産試験場に勤務する研究者、母親は看護師で、妹が1人います。

その後父親の転勤で徳島県を経て福島県いわき市へ移住し、6歳から18歳までを同地で過ごします。

幼い頃から読書好きだった秋吉久美子さんは、福島県立磐城女子高等学校に進学後、文芸部の部長を務めます。

子供の頃は弁護士になりたかったという秋吉久美子さん。高校時代は東京六大学を目指して真面目に勉強をしていたとのことで、かなりの優等生だったみたいですね。

そんな秋吉久美子さんが芸能界と接点を持つことになったきっかけは1972年、高校3年生のときに訪れます。

受験勉強の真っ最中に聞いたラジオの深夜番組で松竹映画『旅の重さ』ヒロイン募集の話を聞き、親に内緒でオーディションを受けることに。

結果、主役オーディションで、ヒロインとなった高橋洋子さんにつぐ次点となり、本名で映画初出演を果たします。

撮影は夏休みの1週間だけの参加で、撮影現場そのものは肌にあったものの、すぐに女優になろうとは思わなかったみたいですね。

撮影後はすぐに受験勉強に戻り、翌73年に東京六大学を受験するも不合格。その後予備校生活に入りますが、失意の日々だったといいます。

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そんなとき、たまたま観たアングラ劇団「はみだし劇場」に感銘を受け、一転して女優を志す決意を固め、家出同然で上京することに。

テレビCMや映画の端役などを経て、映画『十六歳の戦争』(76年公開)に主演し、本格的に映画デビューを果たします。

続いて日活映画『赤ちょうちん』『妹』『バージンブルース』に立て続けに出演し、そのルックスや存在感など独特の魅力で時代の寵児となります。

(『バージンブルース』より)

79年に結婚し、男児を出産(後述)。2年ほど芸能活動を休止しますがその後復帰。

以後、

『の・ようなもの』(81年)
『冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE-』(81年)
『夜汽車』(87年)
『異人たちとの夏』(88年)
『レッスン LESSON』(94年)
『深い河』(95年)
『透光の樹』(04年)

など数多くの作品に出演。

近年も映画『ビターコーヒーライフ』(12年)、『「わたし」の人生 我が命のタンゴ』(12年)、『インターミッション』(13年)、ドラマ『ドラマ10「愛おしくて」』(16年)ほか数多くの作品に出演。

『「わたし」の人生 我が命のタンゴ』ではモナコ国際映画祭主演女優賞を受賞しています。

他に、作詞家、詩集・エッセイ集の出版、NHK『思い出のメロディー』司会、『世界陸上』司会ほか、出身地の福島県の風評被害を払拭するための消費者庁「東北未来がんばっぺ大使」や「三重県文化審議会委員」を務めたりなど、タレントとして、文化人として、女優の枠に収まらない多彩な方面での活動を精力的に行っています。

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