名曲「涙そうそう」や近年は台湾や中国公演などアジアでの人気も高まっている歌手の夏川りみさん。2021年3月にはカバーアルバムを発売し話題です。その夏川りみさんの昔,若い頃~今現在までの経歴や、結婚,夫,旦那,子供について、現在の活動についてなど、気になったので調べてみました。

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夏川りみさんのプロフィール

名前:夏川りみ(なつかわ りみ)
本名:玉木りみ(たまき りみ)、旧姓:兼久(かねく)
旧芸名:星美里(ほし みさと)
出身地:沖縄県石垣市
生年月日:1973年10月10日
年齢:47歳(執筆時)
血液型:B型
職業:歌手
担当楽器:ボーカル、三線
所属:ビクターミュージックアーツ

趣味:香水集め

好きな言葉:「感謝の気持ちを忘れずに」

経歴

夏川りみさんは、1973年10月10日、沖縄県石垣市に生まれます。

幼い頃から歌うことが好きで、将来は歌手になることを夢見ていました。

小学校2年生~中学1年生まで父親の指導で特大歌詞カードを張って感情の込め方などを毎日2時間練習していました。

9歳のときに石垣ケーブルテレビ主催「第1回ちびっこのど自慢大会」で優勝したのを皮切りに、全国各地の大会で賞を総なめにするようになります。

1984年には「素人名人ちびっ子大会」で優勝します。

1986年、中学1年生のときに第10回「長崎歌謡祭」に出場し、史上最年少でグランプリを獲得。

レコード会社からスカウトされて上京し、田辺エージェンシーに所属します。

杉並区立阿佐ヶ谷中学校に転入し、その後堀越高等学校に入学します。

演歌歌手としてデビュー
1989年にポニーキャニオンから、『星美里』(ほしみさと)の名で演歌歌手としてデビュー、「しほり」を発売します。

クラシック音楽での声楽家・演歌歌手として活躍した藤山一郎からは「40年に一人出るか出ないかの歌手」と称えられましたが、ヒットに恵まれませんでした。

1993年には第3回NHK新人歌謡コンテストに出場し、カップリング曲を予選で使い、「港慕情」を決勝用に残す作戦出たが予選で敗退します。


1996年に引退。沖縄県那覇市の姉のもとに移住します。

姉の飲食店を手伝いながら歌っていると、彼女の歌を目当てに店を訪れる客も増えたといいます。

1998年には琉球放送のラジオ番組『岩ちゃんのビタミンラジオ』に本名の兼久(かねく)りみの名前でアシスタントとして出演しました。



再デビュー
1999年5月21日、25歳のとき、”夏川りみ”としてデビューします。

ポニーキャニオン時代のディレクター・三井健生(みついけんせい)さんが彼女のために音楽事務所を立ち上げ、東京に呼び寄せられ、1999年に「夕映えにゆれて」で再デビューしました。


以後もしばらくヒット曲に恵まれませんでしたが、2001年に発売した「涙そうそう」がじわじわヒットし、116週連続チャートインして一躍有名になります。

2002年に、「第44回日本レコード大賞」で金賞を受賞。

「第53回NHK紅白歌合戦」にも同曲で初出場を果たします。

このとき、同曲の提供者でもある同郷のBEGINも同時に初出場を果たします。


2003年、「童神」で第45回日本レコード大賞金賞受賞。


2004年、「愛よ愛よ」で第46回日本レコード大賞最優秀歌唱賞受賞。

2006年、デヴィッド・フォスターのプロデュースによる、アンドレア・ボチェッリのアルバム『アモーレ』に参加し、『ソモス・ノビオス~愛の夢~』をスペイン語でデュエット。


2005年には、TVアニメ「ドラえもん」も26年ぶりに変更されたオープニングテーマ曲「ハグしちゃお」を発表。

同年10月には、オーロラ基金主催のベネフィットコンサートで、初の海外公演を行いました。


2007年1月14日、所属事務所の三井エージェンシーとの所属契約満了をもってフリーとなります。

同年2月からはステージ活動を休止。

4月からはすべての活動を停止しますが、2007年5月13日には活動を再開します。


2013年、セルジオ・メンデスのアルバム『ランデヴー』に参加。

2015年11月、台湾、桃園市と台南市でコンサートを開催し、約5000人を動員します。

2017年4月、初のシンガポールコンサートを開催。

2018年11月、初の南米ツアー(ブラジル2days、ペルー)公演を開催。3日間で5000名を動員します。

2019年3月、初ベトナム、ハノイでソロコンサート開催。

2019年9月よりデビュー20周年ツアーを全国26ヶ所で開催。

2019年10月、初の中国大陸ツアー開催(北京、杭州、南京)、上海(2019年4月)

2019年12月、自身の5年ぶりとなるオリジナルアルバム「美らさ愛さ」が日本レコード大賞の優秀アルバム受賞。

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涙そうそう

「涙そうそう」(なだそうそう)は、作詞・森山良子、作曲・BEGINによる楽曲です。

森山良子さんがライブで共演したBEGINと意気投合して、沖縄の曲を依頼しました。


BEGIN(ビギン)は、1988年に沖縄県石垣島出身の3人で結成されたアコースティックバンドです。

バンド結成直後に出場したTBS系オーディション番組「三宅裕司のいかすバンド天国」(イカ天)で、2代目イカ天キングとなります。

1990年にプロデビュー。

「涙そうそう」の他、「島人ぬ宝」など多くのヒット曲を世に送り出しています。



BEGINから送られたデモテープのタイトルに書いてあった「涙そうそう」の意味は、沖縄の言葉で”涙がぽろぽろこぼれる様子”であり、森山良子さんが2人だけの年子の兄妹で、早世した兄への思いを歌詞に込めたものです。

1998年に森山良子のアルバム「TIME IS LONELY」に収録されました。

2000年には、BEGINの18枚目のシングルとして発売されます。


夏川りみさんが「涙そうそう」を歌い始めたのは、沖縄サミットの関連イベントで、同郷のBEGINがこの曲を演奏しているのを偶然テレビで見たことがきっかけだったそうです。

夏川りみさんは、BEGINとは同郷で昔からの知り合いだったそうです。

夏川りみさんの姉とBEGINのメンバーが同級生という間柄でもあるそうです。

「涙そうそう」に魅了された夏川りみさんが、自分で歌いたいと思い、BEGINに直接会って、歌わせてほしいと申し出ます。

はじめBEGINから別の曲の提供を提案されますが、夏川りみさんが「涙そうそう」を諦めきれず懇願し、カバーへの同意をとりつけたのだそうです。


2001年には、夏川りみさんのカバーがリリースされ、沖縄県の大手CDショップの売上ランキングでは、発売1週目にしてB’zの「ultra soul」に次ぐ2位を記録。

2001年、沖縄のラジオ3局で、年間チャート1位となります。

全国に知られるようになるまでには時間がかかったものの、2002年から3年あまりに渡ってヒットし続け、累計売上は120万枚を突破します。

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