歌手として、御三家での大人気から、時代劇俳優として、今も精力的に活躍されている西郷輝彦さん。2020年4月から始まる、玉木宏さん、高橋一生さん主演のドラマ「竜の道~二つの顔の復讐者」で、巨大ヤクザ組織会長・曽根村始役で出演し話題となっています。長く活躍を続けている西郷輝彦さん、どんな若い頃から現在なのか、結婚や嫁妻、子供・娘・孫について、ご病気ことについて、あおい輝彦さんとの関係についても、気になったので調べてみました。

西郷輝彦さんのプロフィール

名前:西郷輝彦(さいごう てるひこ)
本名:今川盛揮(いまがわ せいき)
出身地:鹿児島県谷山市(現・鹿児島市)
生年月日:1947年2月5日
年齢:73歳(執筆時)
身長:176cm
血液型:A型
職業:歌手、俳優
所属:サンミュージック

経歴

1964年2月、シングル「君だけを」でデビュー。

「チャペルに続く白い道」「星空のあいつ」とたてつづきに大ヒットとなり、4作目「17才のこの胸に」によって同年の日本レコード大賞新人賞を都はるみさんとともに受賞します。

1965年、亡き兄を偲んだ「涙をありがとう」日本歌謡歌手として初めてと言われるビート歌謡曲「恋人ならば」「星娘」「この虹の消えるときにも」などがヒット。

1966年、勢いはそのまま続き、後年の代名詞となった「星のフラメンコ」「西銀座五番街」、初めての自作曲「傷だらけの天使」などをリリース、いずれも大ヒットとなります。

デビューの年に、東京オリンピックが開催され、カラーテレビの普及とともに、日本が初めて生んだアイドルスターの一人となりました。

1960年デビューの橋幸夫さん、1963年デビューの舟木一夫さんに、西郷輝彦さんを加えた3人を、日本歌謡界の「御三家」と呼びました。

”演歌の橋”、”学園青春歌謡の舟木”に対し、西郷輝彦さんは”リズミとビートの申し子”といわれ、その後のグループサウンズブーム、新御三家(西城秀樹さん、野口五郎さん、郷ひろみさん)出現への布石を築きました。

1970年、曲中に大胆なシャウトを盛り込んだ「真夏のあらし」を発売。
続く「情熱」もヒットし、大人のシンガーとして認知されます。

1971年2月、越路吹雪さん以外の、歌謡歌手としては初めて、日生劇場へのロングラン公演を果たして、大成功を収めます。

越路吹雪さんは、1937-1980年に活躍した、日本を代表するシャンソン歌手、舞台女優です。

越路吹雪さんは、1953年から当時は珍しかった歌手のワンマンショーであるリサイタルを開催します。

日生劇場で、一ヶ月に渡る長期公演、「ロングリサイタル」を開催。

この「ロングリサイタル」は、越路吹雪さんの名声を不動のものにしたといわれています。

1973年10月、ドラマ「どてらい男(やつ)」で主演を務め、俳優への大きなステップを作ります。

同ドラマは、1977年3月までの4年間、181回にわたる長期間の放送となりました。

これと並行して、1975年11月からはTBSドラマ「江戸を斬る」で主演。

この主演は、国民的時代劇であるTBSドラマ「水戸黄門第6部」の第一話にゲスト出演したことがきっかけでした。

同時代劇で京都映画祭新人賞を受賞。

また、第4シリーズの初回において最高視聴率36.7%を獲得するなどの人気シリーズとなり、俳優としての地位を確立し、時代劇俳優としてもキャリアを築いていきます。

1987年のNHK大河ドラマ「独眼竜正宗」では主役である正宗(渡辺謙さん)の側近・片倉小十郎役を好演。

平均視聴率は40%近くに上りました。

1985年に「孤愁の岸」、1986年「屋根の上のバイオリン弾き」など多くの舞台にも出演します。

俳優として活躍後も、オリジナルアルバムを制作、作詞作曲アレンジなども手掛けて、歌手活動も続けていきます。

2005年、NHK連続テレビ小説「わかば」で、朝ドラ初出演を果たします。

2006年9月、三谷幸喜さん脚本の舞台「アパッチ砦の攻防・戸惑いの日曜日」に出演。

デビュー以来、レコード・CDで発表した楽曲は350曲以上、ドラマは250作以上、映画出演は30作に及ぶなど、幅広い活躍をされています。

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