奥田瑛二さんは映画監督でもあった!

以後も数多くのドラマ・映画作品に出演・主演し俳優として活躍するかたわら、映画監督業にも進出。

48歳のときに助監督を経験し、50歳となる2001年に『少女~AN ADOLESCENT』で監督デビューを果たします。

さらに、2006年に松坂慶子さんを主役として監督第2作目となる『るにん』を公開。

(『るにん』より)

松坂慶子さんについて

3作目となる『長い散歩』(2006年)では、モントリオール世界映画祭でグランプリ、国際批評家連盟賞、エキュメニック賞の3冠を達成。

特にグランプリは、82年の佐藤純弥監督『未完の対局』以来の快挙でした。

俳優業・監督業以外にも、ギターやブルースハープ、絵画などの特技を持ち、音楽では谷村新司さんとデュオでシングル『クラシック-CLASSIC-』をリリースしたり、また絵画では個展を開催するなど、多彩な才能を発揮しています。

奥田瑛二さんの嫁・安藤和津さんの家系図がスゴい

奥田瑛二さんは1979年にエッセイストの安藤和津さんと結婚しています。

安藤和津さんは1948年東京生まれ。

第29代内閣総理大臣・犬養毅の三男である犬養健(後に法務大臣)を父親に持つという血筋を持ちます。

母親の荻野昌子さんは、東京柳橋の芸者を経て料亭「をぎ乃」を経営。犬養健の正妻ではなく、いわゆる妾でした。

そのため、安藤和津さんは非嫡出子でしたが、後に父親から認知されています。

安藤和津さんは学習院女子高等科を経て上智大学に進学しますが、中退。

2年間のイギリス留学を経験するも、母親の方針(花嫁修業を重視)により、就職することさえも許可されなかったといいます。

奥田瑛二さんが安藤和津さんと出会ったのは、代々木公園でホームレス生活をしていた頃のこと。

友人について行って出かけたパーティにいたのが安藤和津さんでした。一目惚れしたのは安藤和津さんの方だったみたいですね。

安藤和津さんは、自堕落な生活を送っている奥田瑛二さんに「母性本能を刺激され」たらしく、自宅に住まわせてその面倒を見てあげるようになったのだとか。

安藤和津さんの母親は、娘の婿選びにはとても厳しい人だったそうですが、安藤和津さんが献身的に奥田瑛二さんの世話をしている様子を見て、「この2人ならうまくいく」と直感したのだそうです。

そして、1979年1月に結婚。知り合ってから1年足らずでのスピード婚となりました。

結婚前も、結婚後しばらくも、住むところもお金も何もかも安藤和津さん持ちだったみたいですね。

そして、結婚して間もなく、映画の主演を勝ち取り、以後奥田瑛二さんはブレイクしていくことになります。

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