「プレバト!!」俳句部門で人気を博し、2020年4月からはYou Tubeチャンネルを開設し、幅広い分野で活躍されている俳人・夏井いつきさん。若い頃から今現在の経歴や結婚,離婚,夫や子供,孫、妹、”病気”という検索ワードについてなど、気になったので調べてみました。

夏井いつきさんのプロフィール

名前:夏井いつき
本名:加根伊月(かね いつき) 【旧姓・家藤(いえふじ)】
出身地:愛媛県南宇和郡内海村
生年月日:1957年5月13日
年齢:63歳(執筆時)
学歴:愛媛県立宇和島東高校普通科卒業、京都女子大学文学部国文科卒業
職業:俳人、エッセイスト
所属:株式会社夏井&カンパニー 取締役

経歴

1980年、大学卒業後、国語教諭として、松山市立余土中学校へ赴任。

1982年に、御荘町立御荘中学校へ転任します。

教師時代から、仕事と過程を両立させながら、趣味として独学で俳句を嗜んでいました。

1988年に、教諭を辞め、俳人に転身。

黒田杏子(くろだももこ)さんに師事しながら、自宅のある松山を拠点に、俳句を本格的に手掛け始めます。

1997年に、俳句集団「いつき組」を結成。

”組長”に就任。

全国の小中高生を対象としたカリキュラムの一環として、「句会ライブ」という俳句教室を開催しています。

2008年からは、音響・映像機器メーカー・パイオニア株式会社の音を使って遊ぶ楽しさを伝えるウェブサイト「Sound Lab.」にて、お題の音を聴いて、俳句を作り投稿するという「音俳句」のコーナーの選者を務めていました。

このサイトは、同年に開催された、第2回ウェブ・グランプリにて、最優秀賞であるベストグランプリを受賞しました。

2013年からは、バラエティ番組「プレバト!!」内の企画「才能査定ランキング」で、俳句部門の査定を担当します。

事前に提示した1枚の写真をもとに、著名人のゲストが作成した俳句を、容赦のない毒舌で評価・添削する姿が人気を博します。

2014年には、俳人としての活動窓口として、「株式会社夏井&カンパニー」を設立。

取締役に就任します。

代表取締役は、夫の加根光夫さんです。

2015年、「俳都松山宣言」を全国に発信する俳都松山大使に就任。

正岡子規後100年の俳句の現在から、さらに俳句の未来に向かった活動を展開すべく、「100年俳句計画」を提唱しています。

2017年度から、帝塚山学院リベラル・アーツ学部の客員教授として教職へ復帰。

就任後は、俳人として活度するかたわら、俳句の集中講義を担当しています。

2018年には、「プレバト!!」へのレギュラー出演によって、”全国的な俳句ブームを牽引した” との理由で、第44回放送文化基金賞を、個人・グループ部門で受賞。

2018年12月31日には、「第69回NHK紅白歌合戦」に、ゲスト審査員の1人として出演します。

俳人が、紅白歌合戦の審査員に起用されたのは、1972年(第23回)の、中村汀女(なかむら ていじょ)以来46年ぶりとなりました。

若い頃

夏井いつきさんの生家では、明治時代から特定郵便局を開設。

夏井いつきさんの幼少期まで、局長を務めていた祖父は、近隣の家庭で子供が生まれるたびに、子どもへの命名を託されるほどの名士でした。

夏井さん自身の、俳号「いつき」である本名の「伊月」は、祖父から名付けられたのだそうです。

学生時代は、バレーボールの選手で、現在の、”リベロ”(守備専門の選手)に相当するポジションに就いていました。

中学校の教師時代にも、地元の教員チームに参加していました。

教師時代には、教え子やバレーボール仲間から、「原田知世に似ている」と言われていたそうです。

中学校の国語教師だった夏井さんが、長女の産休のとき、書店でふと手に取った俳句雑誌への投稿が、本格的に俳句を始めるきっかけでした。

「俳句が入選して、黒田杏子(くろだ ももこ)先生が丁寧な解説を書いてくださったんです。本当にうれしくて弟子入りできたような気持ちになり、そこから真剣に俳句に取り組み始めました」と夏井さんは話しています。

俳人の黒田杏子さんは、1938年8月10日、東京都に生まれ、現在82歳です。

東京女子大学卒業。

博報堂で「広告」編集長などを務めます。

俳誌「藍生」主宰。

俳人として、精力的に活動されていて、おかっぱ頭、もんぺ姿のトレードマークが親しまれています。

2020年2月には、第20回現代俳句大賞を受賞。

現代俳句賞は、広く現代俳句の発展に寄与し、優れた功績を残された方に顕彰するものです。

夏井いつきさんは、俳句雑誌への投稿の際、投句用紙に七句書いて送るのですが、その裏が、通信欄のような、好きなように書いていい用紙だったので、前回の自分の句で、落選したり、掲載時に一文字変わっていたりした句に関して、勝手にレポートを書いて送っていたのだそうです。

10年くらい経って、黒田杏子先生と初めて会ったとき、「あなたの筆跡は嫌になるほど見た(笑)」と、夏井さんのことを覚えてくれていたのだそうです。

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