元男闘呼組の高橋和也さん、近年はチアダン、真田丸、集団左遷など数多くのドラマで活躍中で、旅人も話題です。

過去にはジャニーズを解雇され、男闘呼組の活動停止の引き金となりましたが、高橋和也さんの解雇理由とは?また息子がジャニーズという噂は?

高橋和也さんの結婚、嫁、子供などについて、年齢、身長、高校、経歴などwikiプロフィールと共に調べてみました。

高橋和也さんのプロフィール

名前:高橋和也(たかはし かずや)
本名:高橋一也
出身地:東京都世田谷区
生年月日:1969年5月20日
年齢:49歳(執筆時)
身長:170cm
血液型:O型
学歴:明治大学付属中野高校夜間部中退
職業:俳優、シンガーソングライター
所属事務所:アルファーエージェンシー

高橋和也さんの経歴。男闘呼組

高橋和也さんは1969年東京都世田谷区生まれ。

父親が新宿でライブハウスを経営しており、その影響で幼い頃からカントリーミュージックなどの音楽に親しみ、歌手に憧れるようになります。

そして中学2年生のときにジャニーズ事務所のオーディションに応募し、見事合格。本名の「高橋一也」で芸能活動をスタートさせます。

このとき実は一次審査に落ちていたのですが、無理やり二次審査に押しかけ、直談判して合格をもぎ取ったのだとか。歌うことに対する熱い想いが通じたのでしょうね。

1984年12月に行われた雑誌の撮影に「ジャニーズJr.」として参加し、その誌上企画で新しいバンドメンバーとして選抜されます(ボーカル、ベース担当)。

同バンドは当初「東京」と命名され、明治製菓のCMに出演、CMソングもオンエアされます。

その後、1985年に「男闘呼組」へと改名され、メンバーの入れ替わりを経て最終的に成田昭次さん、高橋和也さん、岡本健一さん、前田耕陽さんの4人体制となります。

(男闘呼組時代。右端が高橋和也さん)

岡本健一さんについて

1986年には初の冠番組『アイドル花組おとこ組』がオンエアされ、さらにファーストコンサートも開催。

1988年にはファーストシングル『DAYBREAK』をリリースし、オリコン週間1位、年間4位の大ヒット。

同曲で日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞し、紅白歌合戦初出場を果たします。

翌1989年には日本武道館でコンサートを開催。

さらに同年リリースした『秋』『Time Zone』がヒットし、『Time Zone』で2度目の紅白出場を果たします。

音楽活動以外にも、1988年の男闘呼組としての主演映画『ロックよ、静かに流れよ』で毎日映画コンクール、ヨコハマ映画祭の新人賞を受賞。

高橋和也さんのジャニーズ解雇~現在

このように、デビューからわずか数年で一気にスターダムにのぼりつめた男闘呼組でしたが、1993年に突如の解散となります。

その原因は高橋和也さんがジャニーズ事務所から解雇されたことでした(後述)

退所後の高橋和也さんは、演技とソングライティングの勉強のために渡米。2年間の研鑽を経て、1995年に帰国。

このときに、芸名を本名の「高橋一也」から現在の「高橋和也」に改めます。

帰国後は大村崑監督の『八つ墓村』(96年)、伊丹十三監督の『マルタイの女』(96年)ほか、数多くの映画、『寺子屋ゆめ指南』(96-98年、主演)、『やんちゃくれ』(98-99、NHK連続テレビ小説)などのドラマのほか、数多くの作品に出演。

近年も、

『植木等とのぼせもん』(17年)
『チア☆ダン』(18年)
『日本ボロ宿紀行』(19年)
『集団左遷!!』(19年)

などのドラマ、

『海よりもまだ深く』(16年)
『あゝ、荒野』(17年)
『たった一度の歌』(18年)
『ホットギミック』(19年)

などの映画のほか、数多くのドラマ、映画、舞台作品に出演。

2014年公開の映画『そこのみにて光輝く』で、高崎映画祭最優秀助演男優賞を受賞するなど、俳優として高い評価を確立しています。

なお、2016年『真田丸』では宇喜多秀家役で出演し、毛利勝永を演じた岡本健一さんとの共演が話題になりました。

また、声優としても韓国の俳優イ・ビョンホンさんの吹き替えで『悪魔を見た』『甘い人生』『美しき日々』ほか、数多くの作品を担当していることでも知られています。

俳優、声優業以外にも、父親の影響で幼少より慣れ親しんできたカントリーミュージックを中心に、父親の店「新宿マローネ」ほか、様々なライブハウスで演奏するなど、カントリーミュージシャンとしても活躍しています。

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