川平慈英さんの結婚、嫁、子供
川平慈英さんの結婚についてですが、正式な入籍はしていないものの、10年以上連れ添った事実婚の奥さんがいらっしゃるみたいですね。
お子さんもいらっしゃるようで、アメブロにこんな記述があります。
Avenue Q いい!
とっても いいんですっ♪
But! マペットショーなのに 子供には観せられません
あれは無理だ
やめておいた方がいいいやぁ、観せてもいいんですけど 「ねぇ あれ何してるの? あの動きは何?」 の質問攻めにあうこと間違いなしです
Purely for Adults | 川平慈英オフィシャルブログ「Yabadaba-Dooo!」
正式に入籍しない理由についてですが、川平慈英さんによると「ちょっとしたワケ」があるのだそうです。
ただ、入籍はしていないものの、川平慈英としてはちゃんと「結婚」しており、「妻」に対しても誇りを持っているとのことで、円満な家庭を築き上げていらっしゃるみたいですね。
川平慈英さんの父親と母親
川平慈英さんの父親・川平朝清(ちょうせい)さんは1927年台湾台中市生まれ。
川平家は代々通訳や音楽の分野で琉球王朝に仕えた家柄で、琉球王族の流れを汲む名門の家系です。
川平朝清さんは当初は医学を志しますが、戦後に沖縄に引き揚げ、1950年、長兄の設立した琉球の声放送(現・琉球放送)の初代アナウンサーに就任。
その後、放送課長・チーフアナウンサー、編成課長、解説委員長、常務取締役を歴任。
1967年に沖縄放送協会初代会長に就任。
1972年に同協会の解散(NHKと合併)に伴いNHKに移籍し、東京へ移住。
1992年にNHKを退職し、昭和女子大学英文科教授、副学長、副理事長などを経て、2011年に名誉理事、名誉教授となります。
沖縄関連の問題に非常に造詣が深く、天皇陛下にも度々ご進講を行っていたのだとか。
現在は東京都港区在住とのことです。
川平慈英さんの母親・ワンダリーさんはアメリカ人です。
父親の川平朝清さんがアナウンサー時代に留学した米国・ミシガン州立大学の同級生だったそうで、帰国後に結婚。
結婚後は3人の男児の母親となります。また、調布にあるアメリカン・スクール・イン・ジャパン(ASIJ)の教師を長年務めていたそうです。
ワンダリーさんは2018年1月11日に88歳で亡くなっています。
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