中川翔子さんの父親・中川勝彦さんは大変なイケメンでしたが、若くして亡くなりました。

その中川勝彦さんにスキャンダルの噂が。また死因とは?

中川勝彦さんの高校大学、経歴などwikiプロフィールとともに調べてみました。

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中川翔子さんのプロフィール

名前:中川翔子(なかがわ しょうこ)
本名:中川しようこ
出身地:東京都中野区
生年月日:1985年5月5日
年齢:32歳(執筆時)
身長:157cm
血液型:A型
職業:タレント、女優

中川勝彦さんのプロフィール

名前:中川勝彦(なかがわ かつひこ)
出身地:東京都文京区
生年月日:1962年7月20日
没年月日:1994年9月17日
没年齢:32歳
学歴:慶應義塾大学中退
職業:ミュージシャン、俳優

中川勝彦さんは1962年、東京都に会社社長の長男として生まれ、裕福な少年時代を過ごします。

1978年に慶應義塾高等学校に進学し、バンド活動を開始し、80年の高校3年生のときにNHK『ヤングミュージックフェスティバル』に出場し、デビューのきっかけを掴みます。

高校卒業後、慶應義塾大学法学部に進学しますが後に中退しています。

大学在学中に映画『ねらわれた学園』や『転校生』などに出演し、人気を博します。

また、その美形なルックスと、それとは裏腹の気さくな人柄により、ヴィジュアル系アーティスト、ラジオパーソナリティとして多くのファン・リスナーを獲得。

なお、娘の中川翔子さんは、中川勝彦さんが22歳のときに誕生した娘で、当時としては珍しい「授かり婚」「できちゃった婚」になります。

中川翔子さんの母・中川桂子さんについてはこちら

ただ、当時の中川勝彦さんのアイドル的路線や芸能界の事情もあり、このことは公にされることはなかったそうです。

そのため、往年のファンたちが中川勝彦さんの子供の存在を知るのは、ようやく当の娘である中川翔子さんがタレントとして花開き、自らそのことを公表したときでした。

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中川勝彦さんの死因は?

中川勝彦さんは、1992年9月に急性骨髄性白血病を発症したものの、9ヶ月の闘病生活を経て復帰。

しかしその2年後の1994年9月17日に、白血病が再発し、32歳の若さで亡くなっています。

骨髄移植により治癒する可能性があったのですが、家族全員調べても型が一致する人はおらず、最後に中川翔子さんを調べようとしたときに、

「自分の命を助けるために、小さな翔子の体に負担をかけたくない」

として、骨髄検査を断っていたのだそうです。

中川翔子さんは当時9歳で、「怖いからやりたくない」と自分が断ったと記憶していたそうですが、実際には父親が自ら断っていたことになります。

そのことをだいぶ後になって知った中川翔子さんは、「自分のことをそんなに考えてくれているとは知らなかった」と涙ながらにコメントしています。

また、中川勝彦さんは生前、ファンや身近な知人に対しても、自身の病状の詳細について明かすことはなかったそうです。

そのため、突然の訃報を聞かされたファンや知人たちは、大きなショックを受けたといいます。

何というか、中川勝彦さん自身は「自分のことで他人に心配や面倒をかけたくない」という思いを持っていたのでしょうが、その気遣いが一層悲しい気もしますよね。

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