大原麗子さんは2009年8月6日、実の弟たちによって自宅で死亡しているのが発見されました。

その死因は何だったのでしょうか?また孤独と言われる自宅での晩年、ギランバレー症候群についても調べてみました。

大原麗子さんのプロフィール

名前:大原麗子(おおはら れいこ)
本名:飯塚麗子(いいづか れいこ)
出身地:東京都文京区
生年月日:1946年11月13日
没年月日:2009年8月3日(満62歳没)
血液型:AB型
学歴:北豊島高等学校卒業

大原麗子さんの死因、病気について

大原麗子さんが晩年に闘病生活を送っていたことはよく知られています。

1975年にギラン・バレー症候群を発症。

ギラン・バレー症候群とは、急性・多発性の根神経炎の一つで、主に筋肉を動かす運動神経が障害され、四肢に力が入らなくなる病気です。

他にも、感覚神経の障害や血圧異常、不整脈、嚥下障害など、さまざまな症状が現れ、重症の場合は呼吸不全を起こすこともある、危険な病気です。

著名人では他に、中村うさぎさん、安岡力也さん、芳根京子さん、Jリーグ佐藤寿人選手などがギランバレー症候群を患ったことで知られています。

完治したかに見えましたが、1999年11月には再発したとして芸能活動を休止しており、晩年はギラン・バレー症候群の療養のため、ほとんどの時間を自宅で過ごすことになったといいます。

他にも、47歳のときに乳がんを患い手術したり、自宅で転んだだけで右手首を骨折したりなど、特に中年期以降は怪我や病気が絶えなかったといいます。

また、晩年は、母親の介護、ギランバレー症候群の主治医の死去、整形手術の失敗などで精神的に非常に不安定になり、自宅に引きこもりがちだったのだそうです。

そして2009年8月6日、連絡が取れないことを不審に思った警察に通報した実弟らによって、自宅で亡くなっているのが発見されました。

発見当時は、自宅の出入り口と窓はすべて施錠されており、事件に巻き込まれた可能性は低く、自殺の痕跡もないと判断されたようです。

行政解剖の結果、死亡推定時刻は8月3日で、死因は不整脈による脳内出血と判断されました。

なお、発見当時の大原麗子さんは、携帯電話に手を伸ばした姿だったそうです。

あとわずかで手に届く距離だったようで、もし電話をかけることができていれば、助かったかもしれないと言われています。

大原麗子さんの自宅

大原麗子さんの自宅は150坪ほどの土地に、床面積が260平米、南欧風の2階建て4LDKという豪邸だったのだそうです。

所在地は東京都世田谷区岡本3-2-3。

大原麗子さんの死後、弟さんによって2億5000万円で売りに出されました。

しかし、高額のためなかなか買い手がつかず、6年後の2015年10月にようやく売却されました。

当初は大原麗子さんの遺言どおり、取り壊さずに原型をとどめていましたが、2016年の時点では下のストリートビューのように、すでに取り壊されてしまっているようです。