「迷い道」「かもめが翔んだ日」「ブルー」など多くのヒット曲、圧倒的な歌唱で知られる歌手・渡辺真知子さん。その若い頃~今現在の経歴、実家,家族や結婚,夫や子供についてなど、気になったので調べてみました。

渡辺真知子さんのプロフィール

名前:渡辺真知子(わたなべ まちこ)
出生名:渡邉 真知子
出身地:神奈川県横須賀市
生年月日:1956年10月23日
年齢:64歳(執筆時)
学歴:洗足学園短期大学音楽科卒業
職業:歌手、作曲家、女優、タレント
所属:カモメミュージック

趣味:スキューバダイビング、ガーデニング
愛犬:キング(kinちゃん)、コング(konちゃん)(チワワ)

経歴

1975年、洗足学園短期大学在学中に、ヤマハポピュラーソングコンテストに「PIA」というグループで参加(エントリー時は、すでにソロ活動を行っていました)。

「オルゴールの恋の唄」で審査員特別賞を受賞します。

1977年にデビュー。

デビュー曲のシングル「迷い道」で、第29回NHK紅白歌合戦・初出場となります。

1978年4月、「かもめが翔んだ日」で、第20回日本レコード大賞・最優秀新人賞を受賞します。

松任谷由実さん、中島みゆきさんなどの次の世代のニューミュージックシンガーとして、声楽出身の豊かな声量で人気を博し、数々のヒットを生みました。

当時の音楽業界は、”シンガーソングライターはテレビに出演して歌わない”という常識がありましたが、テレビやラジオにも積極的に出演します。

アイドル歌手に近いような扱いを受けることもありました。

編曲は、初期は船山基紀(ふなやま もとき)さんが一手に引き受けていました。

船山基紀さんは、日本を代表する作曲家・編曲家・音楽プロデューサーであり、第19回日本レコード大賞を受賞した沢田研二さんの「勝手にしやがれ」の(1977年)編曲など、多くのアーティストの楽曲を手掛けています。

歌謡曲的な要素もふんだんに取り入れた渡辺真知子さんのシングルは、ニューミュージックの歴史の中でも代表的な作品群であると同時に、船山さんにとっても代表作となっています。

渡辺真知子さんは、30歳でアメリカ・アリゾナ州に渡り、現地の語学学校に通いますが、半年後に帰国。

帰国後は、全国のライブを回り、ジャンルを超えて多様な音楽に触れ、ジャズピアニストの島健さんらと交流するようになります。

天真爛漫な人柄で知られ、テレビ出演時の軽快なトークで人気を集めました。

書道は八段の腕前。

2010年4月15日、自身のブログで、「2010年4月22日に、小澤音楽事務所を離れ、個人事務所を設立する」旨の発表を行いました。

2017年11月でデビュー40周年となります。

2018年1月に、記念アルバム「私はわすれない」をリリースします。

アメリカ留学

渡辺真知子さんは、30歳の頃、単身アメリカに留学します。

渡辺さんが30歳の頃、バンドブームが訪れ、ボーカル主体の音楽が影をひそめるようになります。

そのため、充電期間を設けようと、一人渡米して、アリゾナの英語学校に入ったのだそうです。

ある日、学校で催し物が開催されますが、渡辺さんがプロのシンガーソングライターであることが他のクラスまで知れ渡っており、曲を歌ってほしいと頼まれ、歌うことになります。

その時の渡辺さんは、歌と距離を置いていたかったのだそうです。

一曲目は、当時ヒットしていた「We are the world」を歌い、みんなは普通に拍手を送ってくれたそうです。

今度はオリジナルが聴きたいとリクエストされ、引くに引けず、「かもめが翔んだ日」を日本語で歌ったところ、大喝采、「エクセレント!」とスタンディングオベーションだったそうです。

そのとき、”自分の魂の奥底から発した歌は、言語などを超越して多くの人を感動させるんだな”と気づいて、歌の力の素晴らしさを自ら体感したと同時に、『もう日本に帰ろう』と決心したのだそうです。

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