夏木マリさんの転機

夏木マリさんは、事務所を辞めてから少し経った頃、ミュージックホールのショーに出演するようになりますが、最初はふてくされた感じでやっていたのだそうです。

しかし、そこのショーダンサーのプロ意識の高さを目の当たりにし、心を入れ替えて歌やダンスを学びなおすことを決意したといいます。

そして、ある日のこと、ショーを観劇に来ていた五社英雄監督の目に留まり、1982年公開の映画『鬼龍院花子の生涯』に抜擢されます。

(『鬼龍院花子の生涯』より)

これを契機に俳優活動を本格化させ、舞台、ドラマ、映画などジャンルを問わず多くの作品に出演するようになります。

しかし、様々な演出家による様々な舞台に出演していくうちに、やがて自分の演技、そして人間関係などに行き詰まりを感じるようになったといいます。

夏木マリさんと「印象派」、そして「GIBIER du MARI」

そして、90年、38歳のときにに単身ニューヨークに渡り、帰国後、93年から自身が1人で企画・構成・演出・出演を手がける舞台「印象派」を立ち上げます。

「印象派」は身体表現を特徴とする舞台として知られていますが、夏木マリさんはセリフに頼る劇があまり好きではなく、代わりに身体表現を多くしてみてはどうか、ということで始めたのがきっかけだったのだそうです。

以後、「印象派」は夏木マリさんのライフワークとして、現在に至るまで海外公演含め数多くのステージを重ね、国内外で高い評価を受けるようになっています。

また、原点である音楽活動でも、1995年には元ピチカート・ファイヴの小西康陽さんのアプローチを受け、ミニアルバム『九月のマリー』をリリース。

さらに、ソロ活動に加え、2006年にはパーカッション奏者の斎藤ノヴ(斎藤ノブ)さんらとバンド『GIBIER du MARI』を結成し、ヴォーカルとしてavexよりデビュー。

2010年には途上国の働く女性と子供たちを支援するプロジェクト『One of Love』をスタートさせ、2015年、62歳のときには、自身初の全国ライブツアーを敢行します。

2016年には、東日本大震災の復興支援を目的として、同じ志を持つ華原朋美さん、シシド・カフカさん、土屋アンナさん、タレントのLiLiCoさんと5人組のコーラスユニット「and ROSEs」を結成するなど、現在に至るまで、女優として、歌手として、また活動家として第一線で活躍を続けています。

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