高橋克典さんの父親

高橋克典さんの父親は、高橋勝司さんといいます。

こちらは高橋勝司さんの若い頃です。高橋克典さんによく似ていますね。

高橋勝司さんは秋田県綴子の地主の家に生まれ、土浦海軍航空隊に入隊して特攻隊員になりますが、終戦まで生き延びることができました。

終戦後の高橋勝司さんは、人が変わったように酒浸りの荒んだ毎日を過ごしていたといいます。

そんな高橋勝司さんに転機が訪れます。

あるとき、「聖パウロ教会」を訪れ、誘われるままに合唱に加わったところ、心が満たされる感覚を得て、立ち直るきっかけが得られたといいます。

そして、次第に音楽の魅力に惹きつけられていき、音楽を猛勉強するようになり、秋田師範学校音楽科(現・秋田大学教育学部)に進学。

卒業後は作曲家を目指して上京し、学校で音楽教師をしながら大学進学のための努力を続けます。

高橋克典さんの母親

そのときに知り合ったのがのちの妻となる角田好子さんでした。

角田好子さんはアメリカ移民の一族に生まれ、父親は南満州鉄道の幹部にまで昇り詰めていましたが、終戦を機に帰国し、声楽家を目指していました。

高橋勝司さんは国立音楽大学の作曲科へ、角田好子さんは東京藝術大学の声楽科へ進学。

2人は学生結婚し、高橋勝司さんは卒業後、横浜市立南高等学校の音楽教師として働き始めます。

高橋勝司さんは高校教諭の職を勤め上げ、YMCA混声合唱団指揮者や、横浜市港南区ひまわり管弦楽団の代表などを務め、2006年に77歳で亡くなりました。

好子さんは声楽家として活動を続け、現在、青山学院女子短期大学名誉教授となっています。

好子さんは、お孫さん(高橋克典さんの子供)の入学式に出席したり、高橋克典さんのアメブロで誕生日をお祝いされていたりと、2017年現在で87歳になりますが、ご健在で、高橋克典さんの家族ともとても仲良く暮らしていらっしゃるようです。

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