荻野目洋子さんの結婚。夫は辻野隆三さん。医者って?

荻野目洋子さんは2001年に、高校時代の同級生でプロテニス選手の辻野隆三さんと結婚しています。

なお、荻野目洋子さんの夫が医師という噂があるみたいですが、どうやらこれは姉の荻野目慶子さんのことを指すみたいですね(2012年の大晦日に医師の男性と結婚している)。

荻野目洋子さんと辻野隆三さんの馴れ初めですが、荻野目洋子さんは、高校時代に辻野隆三さんと交換日記をするなど、すでに交際していたことを明かしています。

ただ、デビューするにあたって、事務所から別れるか引退するかの選択を迫られ、交際をあきらめたのだそうです。

その後連絡は取り合っていなかったものの、30代になってお互い行きつけのレストランで偶然再会し、再び交際に至ったのだとか。

辻野隆三さんは海外での転戦に多忙だったため、超売れっ子歌手としての荻野目洋子さんを知らなかったといいます。

逆に、荻野目洋子さんも、辻野隆三さんがテニスの国内トッププレイヤーとして活躍していることを知らなかったため、かえって一人の人間対人間として話せたことが大きかったと述懐しています。

辻野隆三さんについて

辻野隆三さんは1969年2月24日東京都小平市生まれ。

小学3年生までは野球少年でしたが、1977年にウィンブルドンの決勝をテレビで観戦したことがきっかけで、テニスに転向。

堀越学園高等学校に進学後、全日本ジュニア選手権で個人戦3連覇という快挙を成し遂げます。

ちなみに、最初の決勝戦の相手は1学年上だった松岡修造さんでした。

高校卒業後、渡米し、世界ランキング最高3位、全豪オープン優勝経験のあるビタス・ゲルレイティス選手らの指導を受けながら、2年半の修行を積みます。

在米中の1988年7月にプロ転向を果たし、帰国後は群馬オープン、八ヶ岳オープンで優勝するなど、国内ですぐに大活躍を始めます。

以後、イザワ・クリスマスオープン・テニストーナメントで3度の優勝(92年,94年,96年)を果たしたり、

92年、94年、95年には松岡修造さんらとデビスカップ日本代表に選出されたり、

1994年のアジア競技大会のミックスダブルスで宮城ナナさんと組んで準優勝を果たすなど、華々しい活躍を続けます。

1997年には実業団の北日本物産の監督に就任し、2003年の現役引退まで選手兼監督として活躍。

2003年に現役引退後は「MIRAI TENNIS ACADEMY」を設立し、後進の育成に尽力します。

また、指導者として活動するかたわら、テニス中継の解説者を務めるほか、日本テニス協会の各種委員、日本プロテニス協会の常務理事などを歴任しています。

荻野目洋子さんの子供は?

荻野目洋子さんと辻野隆三さんとの間には、3人の娘さんがいます。

長女は2002年4月、次女は2004年3月に生まれています。

次女の出産後、しばらく2児の育児に専念。

2006年8月に三女を出産します。

3人目は病院に到着してわずか40分の超安産だったとのことで、荻野目洋子さんは「いきなり親孝行してくれた」とコメントを残しています。

3人目ということもあって、余裕のコメントですね。母の強さを感じます。

なお、荻野目洋子さんは2児の育児が落ち着いた後の2005年10月19日にインディーズ系のアルバムにゲスト参加して歌手活動を再開しています。

さらに、2006年2月22日には洋楽のカバーアルバム『VOICE NOVA』をリリースしています。

この時点ですでに三女を妊娠なさっていたということですね。凄いプロ意識ですね。頭が下がります。

ちなみに、荻野目洋子さんは2001年に入籍後、長らく結婚式を挙げていませんでしたが、2016年5月25日の舞台『桂由美物語』公演終了後に、15年越しの結婚式を人前式で執り行いました。

結婚して家事育児、仕事に忙殺された15年を過ごしたのちに挙式というのが、何とも言えずカッコイイですね。

以上、荻野目洋子さんについてでした!