フェリーチェトワコ、十和子イズムなど化粧品や美容法が話題の君島十和子さん。

娘さんが宝塚で、長女・次女の名前や顔、写真画像、学校、広尾の自宅や皮膚科医の旦那のことなどが話題です。

その君島十和子さんについて、経歴wikiプロフィールとともに調べてみました。

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君島十和子さんのプロフィール

名前:君島十和子(きみじま とわこ)
本名:同じ(旧姓吉川)
出身地:東京都
生年月日:1966年5月30日
年齢:51歳(執筆時)
身長:167cm
学歴:日本女子大学付属高等学校卒業
現職:実業家

君島十和子さんは1966年東京都生まれ。

日本女子大学付属豊明幼稚園に入園し、そのまま高校まで進学します。

中学生時代より、「吉川とわ子」名義でファッションモデルとして活動を始め、『mc Sister』『セブンティーン』などに掲載されます。

日本女子大学付属高校3年生のときに「’85JAL沖縄キャンペーンガール」に選ばれ、86年に『JJ』の専属モデルとなります。

88年にNHK銀河テレビ小説『新橋烏森口青春篇』で女優デビューを果たし、以後、ドラマ、映画、舞台と、女優として幅広く活躍。

1995年に君島明さん(後に君島誉幸に改名)との入籍を発表し、芸能界を引退します。

以後、夫が代表を務める君島インターナショナルのスーパーバイザーとして活躍。自身でも化粧品ブランド『フェリーチェトワコ』をプロデュースするなど、実業家として活躍しています。

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君島十和子さんの旦那・君島誉幸さん

君島十和子さんの夫は、有名ファッションデザイナー・君島一郎さんの婚外子である君島誉幸さんです。

1995年の結婚発表当時は君島明と名乗っていましたが、後に改名して「君島誉幸(たかゆき)」と名乗っています。

2人の結婚は、当初華やかなセレブ婚として話題になりました。

しかし、結婚発表を機に、君島明さんが君島一郎さんの婚外子であること、さらに君島明さん自身も婚外子をもうけていたことなどが知れ渡るようになります。

君島一郎さんの「KIMIJIMA」ブランドは、皇室やパリ社交界などのセレブ御用達のファッションブランドとして、高い評価を受けていました。

当初は君島立洋さんが副社長に就任し、片腕として働いていましたが、「IT企業を立ち上げたい」として、わずか半年で退任。

そして、もともと皮膚科医だった君島誉幸さんが副社長に就任し、KIMIJIMAブランドを支えることになりました。

96年に君島一郎さんが急逝し、その経営は君島誉幸さんが引き継ぐかに思われましたが、本妻と君島立洋さんが遺産の権利を主張し、莫大な遺産を巡る骨肉の争いが勃発します。

これらのことは、連日メディアによってスキャンダラスに取り上げられ、君島ブランドのイメージが失墜。また、服の作り手の不在などの問題もあり、売上は激減します。

そして、KIMIJIMAブランドの運営会社である君島インターナショナルは、40億円もの負債を抱え、ついに倒産してしまいます。

法人や店舗は君島誉幸さんが相続することになったものの、同時に莫大な借金を背負うことになってしまいました。

君島十和子さんによる復活劇、夫の癌の病気の噂の真相、娘の写真や学校などは次のページで!