榎木孝明さんと言えば、不食や宇宙人との交信、水彩画や美術館、古武術、気功など、数々の話題を振りまいている多才な俳優であり画家として知られています。

その榎木孝明さんについて、ケチの噂、嫁の鈴木てるえさんや子供、若い頃や現在などwikiプロフィールとともに調べてみました。

榎木孝明さんのプロフィール

名前:榎木孝明(えのき たかあき)
出身地:鹿児島県伊佐郡菱刈町(現:伊佐市)
生年月日:1956年1月5日
年齢:61歳(執筆時)
身長:180cm
血液型:B型
学歴:鹿児島県立大口高等学校卒業、武蔵野美術大学中退
現職:俳優、画家
所属事務所:オフィス・タカ

榎木孝明さんは1956年鹿児島県伊佐郡菱刈町(現:伊佐市)生まれ。

地元には日本最大の金鉱山として知られる菱刈鉱山があります。

榎木家は江戸時代の寛政期には大地主でしたが、榎木孝明さんの祖父の代に、山師の金鉱山の儲け話に乗ってしまい、全財産を失ってしまいます。

なお、1981年には金属鉱業事業団により金鉱が発見され、それが菱刈鉱山です。同鉱山は国内の金産出のほとんど全てを占めるくらいの大金脈として知られています。

ちなみに、同鉱山は祖父が掘った坑道の下100mにあるのだそうです。もし掘り当てていたら、榎木家は今頃とんでもない資産家になっていたでしょうね(一方で榎木孝明さんも生まれなかったでしょうが)。

全財産をすってしまった榎木家は菱刈を去り、榎木孝明さんの父親・孝志さんは徴兵されて台湾に渡り、終戦を迎えます。

孝志さんは戦後、鹿児島の吉松に戻り、兄家族のもとに居候しながら教員として生活。

学校で知り合った女性と結婚し、生まれたのが榎木孝明さんでした。

ちなみに女性(榎木孝明さんの母親)の方が惚れたのだそうで、血判付きの恋文を孝志さんに送るほどだったのだとか。きっと父親の孝志さんは美男子だったのでしょうね。

榎木孝明さんの経歴

榎木孝明さんは幼少の頃は独りで絵を描くのが好きな、おとなしくて泣き虫の子供だったのだそうです。

そのため、その軟弱さを嫌った父親から厳しく鍛えられ、古武術などを仕込まれます。

鹿児島の古武術といえば、薩摩藩に伝わる古式剣術・薩摩示現流が有名ですが、榎木孝明さんは玄人に域に達しているのだそうです。

他にも、総合武術や合気道、気功なども習得しているとのことです。

高校卒業後、武蔵野美術大学に進学し、絵を学びますが、舞台の裏方のアルバイトをしていたときに芝居を経験し、そちらにのめり込むようになります。

芝居熱が高じて1978年には劇団四季の研究生となり、大学を中退。

1984年のNHK連続テレビ小説『ロマンス』で主役・加治山平七を演じ、テレビデビューを果たします。

以後、時代劇やサスペンスをはじめ、様々なジャンルのドラマ、映画、舞台に出演。

また、画家としても北海道、大分県、鹿児島県にアートギャラリーを持ち、画集やエッセイを多数出版。

また、古武術家としてもテレビで技を披露したり、指導を行うなど、多彩な才能を活かして幅広く活躍しています。

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