世界の何だコレ!?ミステリーに千葉の地図に載らない村が登場。

場所はどこにあるのか?なぜ地図に載らないのか?村の由来や歴史は?

そんな疑問が湧いたので、調べてみました。

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千葉の地図に載らない村の場所はどこ?

千葉の地図に載らない村の場所ですが、どうやらズバリ、ここ↓のようです。

Googleマップによると、地名は、

〒298-0264 千葉県夷隅郡大多喜町大田代

となるそうです。

さすがGoogle先生ですね。地図には載らなくてもGoogle先生は全てお見通しということでしょうかね^^;

とは言え、このグーグルマップの画像自体はGoogleの提供ですが、地図データそのものは詳細な住宅地図で有名なゼンリンの提供だそうですので、本当の意味で「地図に載らない」といったものではないみたいですね。

そもそも、ちゃんと地名、しかも字(あざ)までついているし、郵便番号も割り振られているので、「秘境」といったものではないでしょうね。

ネットで検索をかけると、実際にそこまで車で足を運んだ人の報告記事がいくつもあって、それによると、住人の人たちは高齢者ばかりで、向こうから挨拶をしてくれるような方たちなのだそうです。

おそらく、「地図に載らない村」という触れ込みで有名になったので、訪れる人が増えて、よそ者に慣れてしまったのかもしれませんね。

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千葉の地図に載らない村はなぜ地図に載らない?

さて、千葉の地図に載らない村こと、千葉県夷隅郡大多喜町大田代ですが、当たり前ですが、念のためゼンリンのホームページに行って検索するとちゃんと出てきました。

というわけで、文字通りの意味で「地図に載らない」というわけではないことが判明しました。

では、なぜ「地図に載らない村」と言われるのか?

その理由は、やはり、グーグルマップからも分かるように、周囲の大きな国道・県道沿いにある集落から隔絶されており、そこにたどり着くためには、国道・県道を離れ、細く長い道をずっと奥まで行かないとたどり着かない位置にあるからだと思われます。

このような場所にある集落は、確かにコンビニで売っているような安くて粗い地図には載らないでしょうからね。

そして、アクセスへの道のりが非常に大変なために、一種の「秘境ロマン」的なイメージを持たれ、それが「地図に載らない村」という表現になったのではないかと思われます。

千葉の地図に載らない村の由来や歴史は?

さて、この地図に載らない村の由来や歴史についてですが、住人たち自身も、よく分からないとのこと。

ですが、集落には神社やお墓があり、墓石の記述では、少なくとも元禄時代(1688年~1704年)以前から存在する古い集落ということが分かっているようです。

実際に訪れた人の報告によると、集落の歴史について、住人の一人が、「誰も来ない山奥にあるから、落ち武者とか山賊とか、その辺ではないか」と推測していたそうです。

ここ以外にも、ダムが作られた、とか、便利なバイパスが通ったために元の不便な山道沿いの集落が廃れた、などの理由で、日本には「地図に載らない村」が他にもいくつもあると考えられています。

大変でしょうが、そういった「地図に載らない村」を探して、その由来や歴史を探ると、面白いかもしれませんね。

以上、地図に載らない村についてでした!