宮本武蔵、蝶々夫人ほか、数多くの名作映画・ドラマで知られる女優・八千草薫さん。宝塚時代以降の昔若い頃も今現在もとても綺麗と評判です。

その八千草薫さん、どのような方なのでしょうか?結婚馴れ初め、旦那、子供など家族は?宝塚時代のこと、性格は?

八千草薫さんの年齢、身長、高校、経歴などwikiプロフィールと共に調べてみました。

八千草薫さんのプロフィール

名前:八千草薫(やちぐさ かおる)
本名:谷口瞳(たにぐち ひとみ)旧姓松田
出身地:大阪府
生年月日:1931年1月6日
年齢:87歳(執筆時)
身長:154cm
学歴:プール女学院中退
職業:女優
所属事務所:柊企画

八千草薫さんは1931年大阪府生まれ。2歳のときに父親を結核で亡くし、母一人子一人で育ちます。

プール女学院在学中に宝塚音楽学校に合格し、1947年に宝塚歌劇団に入団。

当初は『分福茶釜』の狸などコミカルな役を演じていましたが、1952年の『源氏物語』初演で若紫を好演し、高い評価を受けます。

(宝塚時代の八千草薫さん)

そして、またたく間に美貌・清純派の娘役として絶大な人気を博すようになり、同年新設された映画専科に所属。

以後、宝塚に在籍しながら東宝映画など数多くの外部出演をこなすようになります。

八千草薫さんの存在を世界的なものにしたのは、1954年の吉川英治原作、三船敏郎主演の映画『宮本武蔵』でした。

(『宮本武蔵』より)

八千草薫さんは同作品で三船敏郎さん演じる主人公・宮本武蔵の恋人・お通を好演。同作品は第28回アカデミー賞名誉賞(現在の外国語映画賞)を受賞します。

さらに同年、日伊合作映画の『蝶々夫人』に主人公・蝶々さんとして主演。

(『蝶々夫人』より)

イタリア・ローマにある映画撮影所・チネチッタでの撮影のため、八千草薫さんは渡伊しています。

なお、同撮影所では前年には『ローマの休日』が撮影されており、以後も『戦争と平和』『白夜』『ベン・ハー』『甘い生活』『8 1/2』など、数多くの名作映画が撮影された映画の聖地として知られています。

1957年に宝塚歌劇団を退団して以降は、映画以外にドラマにも数多く出演し、特におっとりした良妻賢母役で知られるようになります。

80代を迎えた近年も、

『明日に架ける愛』(12年)
『ツナグ』(12年)
『舟を編む』(13年)
『くじけないで』(13年、主演)
『ゆずり葉の頃』(15年、主演)

などの映画、

『最高の離婚』(13年)
『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(16年)
『やすらぎの郷』(17年)

などのドラマをはじめ、数多くの人気作・話題作に主演・出演。

(『ゆずり葉の頃』より、仲代達矢さんと)

日本を代表する大女優の1人として、第一線で活躍を続けています。

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