ミキプルーンCMや小泉今日子さんと共演のドラマ、また伊達公子さんとのことなどが話題の中井貴一さん。

数々のドラマ、映画で知られる名優ですが、父親の佐田啓二さんも著名な俳優だったのですね。

その中井貴一さんの父親や母親、姉や子供など家族について、高校大学、身長、経歴などwikiプロフィールと共に調べてみました。

中井貴一さんのプロフィール

名前:中井貴一(なかい きいち)
本名:同じ
出身地:東京都世田谷区
生年月日:1961年9月18日
年齢:56歳(執筆時)
身長:181cm
体重:70kg
血液型:A型
学歴:成蹊中学校・高等学校、成蹊大学経済学部卒業
職業:俳優
所属事務所:オフィス貴貴

中井貴一さんは1961年東京都生まれ。父親は往年の名俳優・佐田啓二さんです。

佐田啓二さんは、中井貴一さんが3歳になる直前の1964年8月に交通事故で亡くなっています。

幼い頃から父親の映画をよく観ていたものの、自分自身が俳優になるつもりはなく、成蹊高等学校時代にはテニスに明け暮れ、将来はコーチになろうかと考えていたそうです。

しかし、父親の17回忌の法要の際に、映画監督の松林宗恵さんにスカウトされ、1981年の同監督作品『連合艦隊』で俳優デビューすることになりました。

同作品で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞します。

その後、1982年のNHK水曜時代劇『立花登 青春手控え』でテレビドラマ初出演かつ初主演を果たします。

中井貴一さんの名前を一般に広く知らしめたのは、1983年のTBS系ドラマ『ふぞろいの林檎たち』です。

同作品は大ヒットとなり、その後も1985年、1991年、1997年と、のべ4シリーズが製作され、いずれも高視聴率を記録する人気作となりました。

以後も数多くのドラマ、映画に主演・出演。

2004年には中国映画『ヘブン・アンド・アース 天地英雄』に出演し、2007年には日中合作映画『鳳凰』で主演・プロデューサーを務めるなど活躍の舞台を海外に広げます。

また、2012年には小泉今日子さんと共演したドラマ『最後から二番目の恋』での役柄が鎌倉市役所観光推進課課長の肩書だったことが縁で、のちに鎌倉市国際観光親善大使に就任しています。

中井貴一さんの父親・佐田啓二さん

中井貴一さんの父親は往年の名俳優・佐田啓二さんです。

佐田啓二さんは1926年京都府京都市生まれ。

早稲田大学政治経済学部に進学し、松竹専属の人気俳優・佐野周二さん宅に下宿していた縁で、1946年に松竹大船撮影所に入社。

翌47年の木下恵介監督作品『不死鳥』で、当時大スターだった田中絹代さんの相手役に抜擢され、たちまち脚光を浴びるようになります。

その後、岸恵子さんと共演した53年の映画『君の名は』でトップスターとしてその人気を決定づけます。

以後、木下恵介監督『喜びも悲しみも幾歳月』、小津安二郎監督『秋刀魚の味』といった戦後屈指の名作映画に多く出演し、演技派俳優としての評価も高まっていきます。

しかし、1964年8月17日に、長野県の蓼科高原の避暑地からドラマ収録のために帰京する途中、乗っていた自動車が橋の欄干や他の自動車に激突するという事故を起こし、そのときの負傷がもとで帰らぬ人となってしまいました。37歳でした。

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