日本の古都などでの和服姿が素敵な高島礼子さん、昔はレースクイーンだったなんて、とても意外です。

最近元旦那の高知東生さんの事件や離婚、復縁の噂などが話題になりました。

そんな騒動もありつつも、歳を重ねるほど美しくなっていく高島礼子さんですが、その若い頃の姿の画像や動画は?

高島礼子さんの本名や年齢、身長、高校、経歴などwikiプロフィールと共に調べてみました。

高島礼子さんのプロフィール

名前:高島礼子(たかしま れいこ)
本名:峯島礼子(みねしま れいこ)
出身地:神奈川県横浜市
生年月日:1964年7月25日
年齢:53歳(執筆時)
身長:168cm
スリーサイズ:84-56-89
血液型:B型
学歴:神奈川県立野庭高等学校卒業
職業:女優
所属事務所:太田プロダクション

高島礼子さんは1964年神奈川県横浜市生まれ。

神奈川県立野庭高等学校(現・陵南高等学校)卒業後、横浜市内の自動車関連企業にOLとして3年間勤務。

学生時代から車好きだった高島礼子さんは、会社員のかたわらアマチュアレーサーとして活動し、21歳でJAFのコンペティションモータースポーツ ライセンス国内A級を取得します。

高島礼子さんが芸能界に足を踏み入れるきっかけとなったのは、そのレース活動費を捻出するためにレースクイーンとなったことでした。

その後、1988年にとらばーゆのCMで芸能界デビューを果たします。

さらに、このCMをたまたま見ていた松平健さんの紹介により、『暴れん坊将軍Ⅲ』に出演する機会を得、25歳にして本格的な女優デビューを果たします。

(『暴れん坊将軍Ⅲ』より。御庭番・梢役)

以後、レースクイーン出身の抜群のプロポーションを活かし、1993年の初主演映画『さまよえる脳髄』でヌードを披露したり、岩下志麻さんから引き継いだ映画『極道の妻たち』の姉御役をヒットさせるなど、幅広い役柄を演じるようになります。

2001年には、映画『長崎ぶらぶら節』で、第24回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞します。

現在に至るまで、数多くのドラマ、映画、舞台、CMに出演し、女優として第一線で活躍を続けています。

高島礼子さんの若い頃の動画

高島礼子さんがデビューした頃(1988年~)は、ちょうどバブル景気の真っ最中で、当時の高島礼子さんの容姿には、その時代の空気が色濃く反映しています。

1988年、24歳頃のリクルート『とらばーゆ』CM

1991年、27歳頃の『首都高速トライアル3』

2作品とも、ファッションや髪型など、全体的にバブル期の雰囲気が色濃く漂っています。

ちなみに、いわゆる「バブル景気」は景気動向指数上、1986年から1991年ごろの時期を指すようですので、この2作はまさにバブル期の真っ最中に撮影されたということになりますね。

1993年、29歳頃の『さまよえる脳髄』

こちらは高島礼子さんの2作目の出演映画にして初主演映画です。バブル崩壊後の作品で、前作とは全然雰囲気が違います。

バブル崩壊を境にして、高島礼子さんの容姿も大きな変貌を遂げています。この頃の高島礼子さんは現在の姿にだいぶ近くなっています。

1997年、33歳頃の花王『メリット』CM

この頃になると、バブルの頃のうわついた雰囲気は完全になくなり、現在のような落ち着いた大人の女性の雰囲気を漂わせています。

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