女優・多岐川裕美さんは酸っぱい経験などでも知られる歌手でもありますが、どんな人なのか?

結婚や旦那、娘の華子さん、娘の結婚や旦那、離婚原因など家族に関心が集まっているようですね。

その多岐川裕美さんと娘の華子さんについて、経歴などwikiプロフィールとともに調べてみました。

多岐川裕美さんのプロフィール

名前:多岐川裕美(たきがわ ゆみ)
本名:大内薫(おおうち かおる)
出身地:東京都杉並区
生年月日:1951年2月16日
年齢:66歳(執筆時)
身長:160cm
血液型:O型
学歴:山脇学園短期大学英文科中退
現職:女優、歌手
所属事務所:トライストーン・エンタテイメント

多岐川裕美さんは1951年東京都杉並区生まれ。

山脇学園中学校・高等学校を経て、山脇学園短期大学に進学。

短大在学中に1974年公開の映画『聖獣学園』の鈴木則文監督にスカウトされ、同作で主演デビューし、ヌードも披露します。

以後、『仁義の墓場』『続・愛と誠』などに出演した後、梶芽衣子さんに代わって『女囚さそり』シリーズに出演するなど活躍。

後にドラマ『俺たちは天使だ!』などのドラマでコミカルな一面を見せるなど、多彩な役柄を演じるようになります。

以後、ジャンルを問わず、数多くの映画、ドラマ、舞台に出演。

また、『クイズ!!ひらめきパスワード』の女性キャプテン解答者、『メガロポリス歌謡祭』司会など、バラエティ番組にも出演するなど、幅広く活躍しています。

なお、多岐川裕美さんは、歌手としても70年代から80年代にかけて、カゴメのCMソングにもなった『酸っぱい経験』や渡哲也さんとのデュエット曲『めぐり逢いしのび逢い』など多くの楽曲をリリースしています。

多岐川裕美さんの結婚、旦那、娘

多岐川裕美さんは1984年8月に担当マネージャーだった阿知波信介さんと結婚しています。

阿知波信介さんは1940年生まれで、多岐川裕美さんの11歳年上になります。

もともと俳優として、『ウルトラセブン』ソガ隊員役などで活躍しますが、引退。

その後、三船プロダクションに入り、多岐川裕美さんのマネージャーとなります。

同プロダクション脱退後の1983年に、竜雷太さん、秋野暢子さん、多岐川裕美さんらと新事務所・アクターズプロモーションを設立。

同社副社長、また関連会社であるアクターズエージェンシー社長を務めます。

1984年8月に多岐川裕美さんと結婚後、88年に一人娘の華子さんが誕生しますが、97年に離婚。

離婚後も多岐川裕美さんは同事務所に所属し続けます。

阿知波信介さんは2007年5月2日に行方不明となり、4日に鹿児島県霧島市の「犬飼の滝」にて遺体で発見。

証言や状況などから、自ら命を絶ったものと見られています。

阿知波信介さんは2004年ごろに脳梗塞のため入院し、その後も高血圧の治療を継続。自身の体調についての不安や悩みを周囲に漏らしていたといいます。

なお、事件直後にアクターズプロモーションは破産申請をし、5月16日に東京地方裁判所から破産手続開始決定を受けています。

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