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湯川れい子さんの再婚

その後、1972年、36歳の時に、湯川れい子さんご自身が企画したエルビス・プレスリーのコンサート鑑賞ツアーで、田村駿禮(たかのり)さんという男性と知り合い、再婚します。

結婚後、高齢だったこともあり、なかなか子供を授からず、不妊治療を受けることになります。

そして、治療のかいあって結婚から2年後、無事男の子を妊娠し、出産に至ります。

出産後は育児に携わりながら仕事にも本格復帰し、順風満帆で幸せな家庭生活を送っていたかに見えましたが、ある日唐突に、夫から衝撃の事実を伝えられます。

夫は株の投資に手を出し、バブル崩壊とともに30億円もの借金を作ってしまい、自宅が差し押さえられることになったというのです。

さらに他の女性と浮気しており、子供まで産ませていることも発覚し、1998年に離婚に至ります。

湯川れい子さんと直也とは

湯川れい子さんは最初の結婚の婚約をしていた時期に、銀座のキャバレーで知り合った「直也」さんという大学生の男性と恋に落ちたことがあったのだそうです。

男性は医者の息子で、医学部志望だったものの受験に失敗し、いわゆる仮面浪人しながら医学部再受験を目指して勉強中という身でしたが、実際には遊んでばかりでとてもそうは見えなかったといいます。

湯川れい子さんは、遊び慣れていた直也さんにすぐに恋に落ち、母親に交際を反対されながらも隠れて逢瀬を重ねます。

直也さんはジャズにとても明るく、その影響で湯川れい子さんは有楽町のジャズ喫茶『コンボ』に通い、ジャズに親しむようになったといいます。

婚約者との結婚式の直前に2人で姿をくらましたこともありましたが、お金がなくて結局戻ることになったそうです。

そして、予定通り結婚式を挙げることになり、直也さんとの短い恋は終わりを告げたとのことです。

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湯川れい子さんの元旦那と息子の現在

湯川れい子さんの2人目の元夫である田村駿禮さんは、のちに田村熾鴻(たるひろ)と改名し、現在は「株式会社グッドカンパニー」の代表をなさっています。

同社はダイヤモンド及び貴金属の販売を行っており、「エイトスター・ダイヤモンド」というブランドを展開しており、ダイヤモンドに関する著作も数篇ほど出版しています。

また、息子の田村有宏貴(ゆうき)さんは現在、イベント興行を扱う会社「キョードー東京」の取締役をなさっています。

非常に優れた手腕を持っており、ポール・マッカートニーの日本公演を実現させるなどの実績があります。

田村有宏貴さんは33歳の時に結婚しますが、結婚式には両親揃って出席してほしいと思っており、その願いが叶って母親の湯川れい子さんと父親の田村熾鴻さんは揃って息子の結婚式に出席。

両親の離婚原因が原因だけに、かつては父親との関係は良くなかったそうですが、現在ではとても仲良しなのだそうです。

なお、田村有宏貴さんには息子さんが一人いらっしゃるそうです。湯川れい子さんにとっては初孫になります。

以上、湯川れい子さんについてでした!