音楽評論家で作詞家の湯川れい子さん、スワンシスターズなどが評判ですが、私の履歴書や若い頃のことが話題です。

その湯川れい子さんについて、結婚や旦那、息子や娘など子供、経歴などwikiプロフィールとともに調べてみました。

湯川れい子さんのプロフィール

名前:湯川れい子(ゆかわ れいこ)
本名:湯野川和子(ゆのかわ かずこ)
出身地:東京府目黒区
生年月日:1936年1月22日
年齢:81歳(執筆時)
学歴:東京府青山師範学校附属国民学校、鴎友学園卒業
現職:音楽評論家、作詞家
所属事務所:ホリプロ

湯川れい子さんは1936年東京府目黒区生まれ。

父親が海軍大佐で、その従妹が山本五十六元帥の妻という軍人の家系に生まれました。

1944年から47年まで疎開先の山形県米沢市で過ごし、その後東京に戻り、鴎友学園を卒業。

1953年には舞台『未亡人』に出演し、女優デビューを果たしています。

他にも、山本薩夫監督作品『太陽のない街』や今井正監督作品『ここに泉あり』などに出演するなど、大きな役ではありませんでしたが、いくつかの役を演じています。

こちらが若い頃の湯川れい子さんです。綺麗ですね。女優をなさっていたのも分かります。

1959年に「湯川れい子」名義で投稿したジャズ専門雑誌『スイングジャーナル』の記事が話題になり、翌60年から同誌で執筆を開始。音楽評論家としてのキャリアをスタートさせます。

以後、音楽評論家以外にも、作詞家や翻訳家、ノンフィクション作家として、またラジオのDJやワイドショーのコメンテーターなど幅広く活躍。

日本作詞家協会会長、日本音楽著作権協会(JASRAC)理事、USEN放送番組審議会委員長など、音楽・放送業界の要職を歴任するほか、国際交流を目的としたNGO「ピースボート」の水先案内人も務めています。

湯川れい子さんの結婚、旦那、子供

湯川れい子さんは2度の結婚と2度の離婚を経験しています。

最初の結婚相手は8歳年上の「進さん」という銀行員でした。

湯川れい子さんの家では、戦争が終わり疎開先から東京の実家に戻ると、大学生に部屋を貸す下宿を始めます。

その下宿生の一人が進さんでした。

娘を早く結婚させたい母親の意向もあり、一橋大学の学生だった進さんと婚約し、22歳の時に結婚に至ります。

ただ、結婚はしたものの、幼いときからずっと知っていた相手だったので、恋愛感情はまったくと言ってよいほどなく、「年の離れたお兄さん」という感覚だったといいます。

2人は形の上では結婚していましたが、夫婦関係の実態はないも同然だったようで、進さんはその後ニューヨークに栄転しますが、湯川れい子さんは日本に残ったのだそうです。

その後も形の上での婚姻関係が続きますが、結局1966年、湯川れい子さんが30歳のときに離婚します。進さんとの間には子供はいませんでした。

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