平山泰代さんと後藤悦治郎さんのフォークデュオ『紙ふうせん』が50周年を迎えます。

今現在も離婚せず、とても仲良しですが、結婚の仲人は長門裕之さん・南田洋子さん夫妻なのだそうですね。

紙ふうせんの2人について、結婚馴れ初めや大学、年齢、子供などwikiプロフィールとともに調べてみました。

平山泰代さんのプロフィール

名前:平山泰代(ひらやま やすよ)
出身地:広島県広島市
生年月日:1947年3月28日
年齢:70歳(執筆時)
学歴:武庫川女子大学音楽学部声楽学科卒業

後藤悦治郎さんのプロフィール

名前:後藤悦治郎(ごとう えつじろう)
出身地:兵庫県尼崎市
生年月日:1946年4月29日
年齢:71歳(執筆時)
学歴:京都外国語大学卒業

平山泰代さんと後藤悦治郎さんの出会い・馴れ初め

平山泰代さんと後藤悦治郎さんは、兵庫県立尼崎北高等学校の同級生で、3年生のときには同じクラスでした。

ほぼ1歳年が離れていますが、平山泰代さんが3月の早生まれのため同学年になったのですね。

赤い鳥時代から美人歌手として知られていた平山泰代さんですが、案の定、高校時代も男子生徒にとても人気だったそうです。

入学後すぐに「かわいい子がいる」と男子生徒たちの間で話題になり、後藤悦治郎さんは平山泰代の教室まで見に行ったのだそうです。平山泰代さんは学年のアイドルだったのですね。

高校3年生のときにはクラスメートとなり、文化祭で一緒に寸劇仕立てのコーラスをやって、コンテストで1位を取ったりなど、交流があったようです。

ちなみに、この共演は事前に後藤悦治郎さんの「根回し」があったそうです。この頃からずっと平山泰代さんのことが好きだったのですね。

赤い鳥、紙ふうせんの結成、現在

平山泰代さんは武庫川女子大学音楽学部声楽学科、後藤悦治郎さんは京都外国語大学に進学。

大学進学後も交流が続いた2人は、1969年にデュエット『赤い鳥』を結成。

以後、山本俊彦さんや新居潤子さん、大川茂さんと渡辺俊幸さんが加入し、5人編成となります。

1972年リリースの『竹田の子守唄/翼をください』が100万枚を超える大ヒットを記録。

1974年5月に平山泰代さんと後藤悦治郎さんは結婚します(4月には山本俊彦さんと新居潤子さんが結婚)。

同年8月末には路線の違いから解散し、平山泰代さんと後藤悦治郎さんはデュオ「紙ふうせん」を結成し、山本夫妻はハイ・ファイ・セットを結成します。

1977年にリリースした『冬が来る前に』が大ヒットし、紙ふうせんの代表曲となります。

平山泰代さんが30歳の頃ですね。とても綺麗で可愛いですね。後藤悦治郎さんがぞっこんだったのも分かります。

紙ふうせんは、『冬が来る前に』以外にも、赤い鳥時代の『翼をください』『竹田の子守唄』『赤い花白い花』、紙ふうせん以降の『いかつり唄』『霧にぬれても』など、数多くのヒット作を擁し、近畿地方を中心に息の長い音楽活動を展開しています。

また、音楽活動のかたわら、フォークの原点を探るため、民謡など各地の伝承歌の取材を精力的に続けています。

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