パラリンピック水泳選手の木村敬一(きむらけいいち)選手。

前回のロンドンでも2つのメダルを獲得するなど、活躍目覚ましく、リオパラリンピックでもメダルが期待されています。

そんな木村敬一選手の病気や経歴、家族などwikiプロフィールに興味があったので調べてみることにしました。

木村敬一選手のプロフィール

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名前:木村敬一(きむら・けいいち)
出身地:滋賀県栗東市
生年月日:1990年9月11日
学歴:筑波大学附属視覚特別支援学校、日本大学文理学部卒業後、日本大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程修了
所属:東京ガス

木村敬一さんは、先天的な目の疾患により、2歳で全盲になりますが、小学4年生のとき、母親の勧めで水泳を始めます。

小学校卒業後は、筑波大学附属視覚特別支援学校に進学し、水泳部に入部。

パラリンピックメダリストの河合純一、酒井喜和、秋山里奈選手を育てた名コーチ・寺西真人さんのもとで実力を伸ばし、17歳の若さで北京パラリンピックへの切符を手にします。

そして、みごと100メートル平泳ぎで5位、100メートルバタフライで6位に入賞します。

その後日本大学に進学し、在学中の2012年のロンドンで、ついに銀メダル(100メートル平泳ぎ)と銅メダル(100メートルバタフライ)の2つのメダルを獲得します。

その後、2013年に日本大学を卒業し、同大大学院に進学と同時に東京ガスに入社。

2015年7月の世界選手権で2つの金メダルと1つの銀、銅メダルを獲得し、リオパラリンピックへの切符を手にします。

木村敬一さんの病気

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木村敬一さんの病名は、増殖性硝子体網膜症といいます。

簡単に言うと、網膜と硝子体の間に線維性の細胞が増殖してしまう病気です。

網膜剥離や網膜剥離手術後の傷を放置しておくと、それを塞ぐためにそのような細胞が増殖する、というのが、通常は発症の原因になるそうです。

木村敬一さんは2歳で発症したとのことですが、これらのことが原因とは考えにくい気もしますが、どうなのでしょうね?

医師からは治る見込みはないと言われたものの、諦めきれなかったご両親は、木村敬一さんに3回にわたって手術を受けさせます。

しかし、結局木村敬一さんの視力が回復することはなかったそうです。

パラリンピックの「クラス」

パラリンピックでは、様々な障害を持った選手が出場するので、その障害の種類や程度によるハンデの差をできるだけなくすために、「クラス」という仕組みがあります。

全ての選手がクラスで区分され、それぞれの区分の中で競争するわけです。

木村敬一さんは、S11およびSB11クラスに属しています。

Sというのは自由形・背泳ぎ・バタフライの3つの泳法を表しています。

他にSB(背泳ぎ)、SM(メドレー)の区分があります。

数字は障害の部位や程度に応じて振り分けられ、1~10が肢体障害(1が最も重度)、11~13が視覚障害(11が最も重度)、14が知的障害、15が聴覚障害です。

木村敬一さんは全盲ですので、視覚障害では最も重度の11クラスになっているのですね。

ですので、木村敬一さんの順位というのは、このS11クラスの選手たちの中で決まるということになります。

視覚障害者の競泳の場合、壁が近づいたことを泳者に知らせる「タッパー」という存在がいます。

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これは、プールサイドで棒を持った人が、その棒で壁に近づいた泳者の頭や背中に「タッピング」(軽く触れる)して知らせる役割です。

子供の頃にコーチだった寺西真人さんが、現在も木村敬一選手のタッパーをなさっているそうです。

気心が知れていて、信頼できる「眼」でしょうから、木村敬一さんも安心でしょうね。

YouTubeに木村敬一さんの100メートル平泳ぎの動画がアップされていましたので、共有したいと思います。

0:50あたりの赤い服のタッパーが寺西真人さんと思われます。

このお二人のタッグで、次のリオではぜひ金メダルを獲得してほしいですよね。

以上、木村敬一さんについてでした。